通信で美術を習う利点とは 添削
まず一番の利点は作品を添削して返してもらえるということです。
「なあ〜んだ。当たり前じゃん」と思いますか。
実はそこに大きな秘密が隠されているのです。
自分も予備校講師時代に遠方の生徒さんに添削指導をしていたことがあります。講師にとってとても大変な作業なんです。
実際に生徒さんに会って作品を見ながら講評するのは言葉で説明すればいいのである意味簡単です。
話し言葉というのは不思議なもので、たとえば選挙演説のように話し方、迫力、抑揚、自信を持った表情などで内容がなくても素晴らしい話を聞いたようになってしまうことがあります。
といって予備校とか学校で指導してくださる先生がすべて内容がない話をしていると言ってるわけでは決してないのです。しかし美術に携わる方というのは感性豊かな方が多く、感覚的な言葉を多く使われ話も面白い人が多いことも事実です。
で、学生の時、実際、後で思い出してみると感動や雰囲気は伝わって来たのだけれど具体的に何をいわれたのか殆ど覚えていなかったなんていうことがよくありました。
通信による添削とは文章にしてわかりやすく説明してくれることに他ならないのです。
講師の立場から考えるとその場に生徒さんがいて生で相手がわかっているのか反応が帰ってくるわけではありませんので出来る限り誰が見てもわかるような言葉で説明しなければなりません。
それには講師側も細かな分析、どこがいい悪い、それはなぜか?どうしたら良くなるのか?色使いはどうか、タッチは、鉛筆の使い方は…など全て理解してなかればなりません。
美術というのは感覚、感性というものが大切にされます。
しかしそれだけでなく理論的なものも必要です。
生徒さんに早くうまくなっていただくにはわかりやすく理論的な説明も必要なのです。
もっと言えば、感性とか言っているあやふやなものを理論的に説明できなければ生徒さんを本当に納得させられません。
すなわち、添削というのは、わかりやすく噛み砕いて教えてもらえるということなんです。
もちろん記録としても残ってますので自分の上達具合もひと目で分かります。復習もできるのです。
さらに添削内容がわからなければ質問ができます。質問するためには自分が何がわかっていないのかを理解し言葉にせねばなりませんので、自分の状況をより理解しやすくなるのです。
たとへば予備校や専門学校など学校の授業で提出した課題のデッサンなどに点数はついてきても、どこが良かった、どうすればもっと良くなるなど書かれて戻ってくるなどということは皆無です。
大勢の生徒さんと一緒に作品を前に並べて行われる講評会などで先生に指摘されたことをメモしていない限り、自分の作品のどこがいいのか悪いのかなど記録に残りません。
もっというと、大勢の生徒さんと一緒の講評は、他の人の作品のイイトコ悪いとこを見れる利点はあっても、自分の作品への講評は一言だけで終わっってしまう場合も多々あります。
酷いところになるとある一定のレベルまで達しないと、「講評するまでもない」のひとこと。あるいは「他の作品と比べてみればどこが悪いか判るでしょ」の一言で講評すらしてもらえないことまであるのです。
通信による添削による個人指導の大きな利点がお分かりいいただけましたでしょうか。